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燈株式会社のエンジニア・開発メンバーによる技術ブログです

【PMBOK】不確実なAIプロジェクトを成功に導くコミュニケーションとステークホルダーマネジメントの実践

こんにちは!

今週はDXソリューション事業本部 Devグループ の小澤が担当します。

DXへの注目が高まる昨今、多くの企業がその中核を担うテクノロジーとして、AIプロジェクトの立ち上げや推進に力を入れています。しかし、従来のソフトウェア開発とは異なる特性を持つAIプロジェクトでは、予期せぬ課題に直面することも少なくありません。特に、その高い不確実性と頻繁な要件変更は、プロジェクト成功への大きな障壁となりがちです。

本記事では、このようなAIプロジェクト特有の難しさを乗り越えるため、プロジェクトマネジメントの知識体系であるPMBOKガイドに着目します。PMBOKが提唱する10の知識エリアの中から、特にAIプロジェクトの成功に不可欠と考える「コミュニケーション・マネジメント」と「ステークホルダー・マネジメント」に焦点を当て、その実践的なアプローチを深掘りしていきます。

TL;DR

  • AIプロジェクトは、高い不確実性と要件変更の多さが特徴で、その高い不確実性に対してステークホルダー全員がそれを認識し、向き合う必要があります。

  • 本記事では、PMBOKガイドの「コミュニケーション・マネジメント」と「ステークホルダー・マネジメント」に焦点を当て、実践的なノウハウを紹介しました。

    • ステークホルダー登録簿: AIプロジェクトの不確実性が高い中でも、この登録簿によって個々のステークホルダーの要求事項やコミュニケーション特性を漏れなく把握し、適切な関与を引き出すことに貢献できたと感じています。

    • ステークホルダー関与度」の可視化: AIプロジェクト特有の不確実性による方針転換時にも、この可視化によってどのステークホルダーにどう説明し、協力を仰ぐべきかが明確になり、迅速な意思決定に役立ちました。

    • 権力と関心のグリッド: 特にAIプロジェクトでは技術的課題が不透明になりがちですが、このグリッドを活用することで限られたリソースの中で最も重要なステークホルダーに焦点を当て、効果的にリスクを軽減できたと実感しています。

1. PMBOKとは

PMBOKとは

PMBOKとはPMI(Project Management Institute, 本部:アメリカ)が発行する、プロジェクトマネジメントの知識体系ガイドです。よい実務慣行として一般的に認められるプロジェクト業務の進め方についてまとめられたガイドブックです。

PMの経験者にとっても、知識を体系的に整理するのに役立ち、またプロジェクトマネジメントを仕組み化、より効率化するためのインサイトが得られます。

プロジェクトの定義

PMBOKでは、プロジェクトは独自のプロダクト、サービス、所産を創造するために実施する、有期性のある業務であると定義されています。

言い換えると、プロジェクトは、決定している納期に合わせて、顧客の要望に合う施品やサービスを提供する業務のことです。

例)

DXプロジェクト

  • XX株式会社とのPoCプロジェクト
  • YY株式会社との本開発プロジェクト

人事関連プロジェクト

  • インターン/新卒採用プロジェクト
  • 社員向け評価制度の刷新プロジェクト

定常業務との違い

観点 定常業務 プロジェクト業務
有期性 継続的・反復的で、終了の定義がない 明確な開始と終了がある
独自性 繰り返し同じ業務を行う(同一成果を反復) 一度きりのユニークな成果を生み出す
変化 現状の維持・効率化が中心 新しい価値・変化を創出することが目的
機能横断 部門内で完結することが多い 複数部門にまたがる横断的な協力が必要
リスク 比較的予測可能でリスクも限定的 不確実性が高く、リスクが多様で大きい可能性がある

PMBOK6版と7版の違いについて

PMBOKガイドは定期的に改訂されています。 現在広く参照されているのは第6版ですが、2021年には第7版が発行されました。この2つの版では、プロジェクトマネジメントに対するアプローチに違いがあり、プロジェクトの性質や状況、組織の文化によって、適した版が異なります

第6版はプロジェクトを成功させるための「何をすべきか(What)」と「どのようにすべきか(How)」を詳細に定義しており、プロジェクトマネジメントの基礎を学びたい方におすすめとなります。 今回の記事では、第6版で紹介される10の知識エリアをベースに、AIプロジェクトを成功に導くためのノウハウについて解説します。

観点 PMBOKガイド第6版 PMBOKガイド第7版
アプローチ プロセス中心 原則(原理)中心
構造 10の知識エリアと49のプロセスで構成 12の原理と8つのパフォーマンスドメインで構成
目的 プロジェクトの具体的な手順とベストプラクティスを提示 プロジェクトの価値提供を最大化するための普遍的な指針を提示

10の知識エリア(6版)

10の知識エリアとは、プロジェクトを進めるために、プロジェクトマネージャーが管理上、注意を払うべき領域のことです。

No. 知識エリア 説明
1 統合マネジメント
(Integration Management)
プロジェクト全体を統合し、成功に導くための知識エリア
2 スコープ・マネジメント
(Scope Management)
プロジェクトにおける作業範囲や、成果物の設定に関して定義する
3 スケジュール・マネジメント
(Schedule Management)
納期管理に関する知識エリア
4 コスト・マネジメント
(Cost Management)
プロジェクトの予算やコストを見積もり、管理する知識エリア
5 品質マネジメント
(Quality Management)
プロジェクトと成果物の品質を確保するための知識エリア
6 資源マネジメント
(Resource Management)
チームや物的資源など、必要な資源を計画・管理する知識エリア
コミュニケーションを通して、メンバーのモチベーションを上げるようにする役割も、資源マネジメントの範疇
7 コミュニケーション・マネジメント
(Communications Management)
プロジェクト関係者との情報共有と伝達を管理する知識エリア
8 リスク・マネジメント
(Risk Management)
プロジェクトのリスクを特定・分析し、対応策を計画する知識エリア
9 調達マネジメント
(Procurement Management)
契約締結やベンダーの管理に関する知識エリア
10 ステークホルダー・マネジメント
(Stakeholder Management)
ステークホルダーの関与度の定義や管理に関する知識エリア

2. AIプロジェクトを成功に導くコミュニケーションとステークホルダー マネジメントの実践

この章では、10の知識エリアのうち、特に私自身が気おつけて実践している2つの知識エリア「コミュニケーション・マネジメント」「ステークホルダー・マネジメント」について紹介します。 AIプロジェクトは、従来のソフトウェア開発に比べて不確実性が高く、予期せぬ技術的な課題やデータの問題に直面することが多々あります。 その高い不確実性に対して、ステークホルダーの関与を引き出した上で全員がそれを認識し、向き合う必要があり、「コミュニケーション」および「ステークホルダー」のマネジメントが成功の鍵となるのではないかと思います。 その2つの知識エリアについて、深掘ります。

コミュニケーション・マネジメント

コミュニケーション・マネジメントは、会議予定を設定し、その会議予定に合わせて情報交換して、必要な情報が適切な人に伝達されているのかを確認する知識エリアと言えるます。 キーマンが他予定と被り会議に会議に参加できない会があるなどのケースが稀にあると思います。 しっかりキーマンに出席頂き、適切に情報を伝達することも、重要なマネジメント対象であることを再認識しました。

プロジェクトの初期段階で、キーマンへの報告会の日程を押さえることや、都度日程調整していた打ち合わせを定例化するなどするなど行い、適切に情報を伝達できる仕組みを整えることもプロジェクトマネージャーの重要な役割だと考えます。

また、キーマンの会議の出席率が下がったり、これまでカメラがオンだったのがオフになっているなど、コミュニケーションの取り方に少しでも異変が生まれた場合、何かしら環境の変化の合図となり、適切な対応が必要な場合があると思います。

ステークホルダー・マネジメント

ステークホルダー・マネジメントは、ステークホルダーからの関与を効果的に引き出すための戦略を作成、実行することと定義されています。 AIプロジェクトでは、その高い不確実性と複雑性ゆえに、ステークホルダー間の認識のズレや潜在的な抵抗が生じやすいため、効果的な関与を引き出すプロセスが極めて重要になります。 PMBOKガイドで取り上げられている、ステークホルダーの関与を把握・整理し、効果的に関与を引き出すための3つの方法をご紹介します。

ステークホルダー登録簿

プロジェクトに影響を与える、または影響を受けるすべてのステークホルダーを一覧化としてまとめたものです。

名前や役職だけでなく、以下のような情報を含めます:

  • 要求事項
  • 現在の関与度
  • コミュニケーション上の注意点

この登録簿は、コミュニケーション戦略やリスクマネジメントの土台にもなります。

氏名 連絡先(連絡の嗜好) 役職 要求事項 関与度
A aaa@example.com
(チャットツールよりメールを好む)
DX部門部長 ・現場で実証を行うこと 支援型
B bbb@example.com 顧問 ・導入後の研修実施 指導
C ccc@example.com
(電話は好まない)
DX部門統括 ・他のプロジェクトの足並みが合うこと
・四半期ごとの成果報告
支援的
D ddd@example.com
(メールより電話を好む)
DX部門担当者 中立
E eee@example.com 現場職員 ・現場の負担とならないこと 抵抗
F fff@example.com
(メールよりチャットの方が返信が早い)
情報システム部 ・セキュリティ基準の遵守・社内インフラとの整合性 中立

実際に作成してみると、個々のステークホルダー要求事項を漏れなく満たし、適切な関与を引き出すことに貢献できたと感じています。

ステークホルダー関与度」の可視化

プロジェクトに対して、各ステークホルダーがどの程度「関心を持っていて」「協力的かどうか」を示した指標です。 PMBOKでは以下の5段階で定義されています:

  • 不認識
  • 抵抗
  • 中立
  • 支援型
  • 指導

このレベルを把握することで、今後どのステークホルダーにどのようなアプローチが必要かが見えてきます。

氏名 役職 不認識 抵抗 中立 支援的 指導
A DX部門部長 C・D
B 顧問 C・D
C DX部門課長 C・D
D DX部門担当者 C ⇒ D
E 現場職員 C D
F 情報システム部

C: 現在(Current) / D: 求められる(Desired) / ⇒: 関心の段階を上げるアプローチの実施

この可視化により、どのステークホルダーにどう説明し協力を仰ぐべきかのアクションが明確になりました。例えばステークホルダーのところに伺いデモを見せたり、AIの精度を適切なタイミングと粒度で行うことができ、ステークホルダー関与をうまく引き出すだけでなく、迅速な意思決定に役立ちました。

権力と関心のグリッド

権力と関心のグリッドはステークホルダーの分析結果を可視化する方法の一つで、ステークホルダーを「権力(影響力の大きさ)」と「関心(プロジェクトへの注目度)」の2軸で分類し、ステークホルダーを分類する表現です。

例えば、高権力・高関心の枠は、「注意深くマネジメントする」という分類になります。

権力と関心のグリッド

ステークホルダー全員を注意深くマネジメントできたら理想ですが、ステークホルダーが複数人いるプロジェクトではリソース上困難な場合もあると思われ、それぞれがマトリックスのどの象限にいるのか把握し、応じた対応を取れるとベストだと思います。

ある部署の役員よりも、現場所長や営業部長の方が社内的に権力が強いケースも多々あるため、単純に職位だけでは権力を判断できない点は注意が必要だと思います。

このマトリックスを活用することにより、特にステークホルダーの多いプロジェクトで、限られたリソースの中で最も重要なステークホルダーに焦点を当て、リスク軽減に繋げられました。

3. 最後に

  • AIプロジェクトは、高い不確実性と要件変更の多さが特徴で、その高い不確実性に対してステークホルダー全員がそれを認識し、向き合う必要があります。

  • 高い不確実性と要件変更の多さと、それに対してステークホルダーの理解を得た上での方針転換が、AIプロジェクト特有の難しさだと考えます。

  • そこで、PMBOKガイドと照らし合わせて、10の知識エリアのうち「コミュニケーション・マネジメント」と「ステークホルダー・マネジメント」に焦点を当て、この不確実性の高い環境下でのプロジェクトを成功に導く方法について考察しました。

  • 今回は第6版を基に考察しましたが、第7版では「価値デリバリー」の概念が強化され、より柔軟なプロジェクト・マネジメントアプローチが提示されています。AIプロジェクトのような高い不確実性を持つプロジェクトにおいて、第7版の新しい枠組みがどのように適用できるかについても、今後探求していきたいと思います。

参考

  • 図解即戦力 PMBOK第6版の知識と手法がこれ1冊でしっかりわかる教科書
  • プロジェクトマネジメントの基本が全部わかる本 交渉・タスクマネジメント・計画立案から見積り・契約・要件定義・設計・テスト・保守改善まで

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